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スイス連邦工科大学チューリッヒ校 生体工学研究所(亀田 拓哉)

亀田 拓哉

留学先名(期間)

スイス連邦工科大学チューリッヒ校 生体工学研究所

 

Swiss Federal Institute of Technology in Zurich (ETH Zurich),

Institute for Biomechanics

2017年4月から2018年3月まで

アインシュタインやレントゲンの出身校

世界大学ランキング11位 (2023年 Times Higher Education)

写真1 HPP棟

留学先での研修内容

Ferguson Stephen教授、Karin Wuertz-Kozak教授のもとで腰椎椎間板細胞におけるtransient receptor potential channel (TRP)の機能に関する基礎研究プロジェクトに携わりました。実際に行った内容としては、炎症性サイトカインに対するTRPの発現変化・機能変化を明らかにするため、主に細胞培養やリアルタイムPCR法、ウエスタンブロット法、ELISA、TRPによる細胞内Caイオン濃度変化を捕まえるためのCaイメージング実験を中心に行いました。TRPは多様な刺激(温度、pH、酸化ストレス、浸透圧、機械的刺激、メンソールなどの物質)に応答するレセプターとして知られ、様々な疾患の治療対象となりうるという点で注目を集めている分野でした。

大学院で基礎研究を担当し、思いのほかのめり込んでしまった私は、大学院卒業後も基礎研究を続けたいという思いがあったため、この留学の1年間はとても貴重でした。この期間に行った実験結果をもとに論文も作成できました。また、浸透圧とTRPチャネルの関与についてレビューを行い、こちらも総説論文のshared first authorとして、貢献することができました。これらの成果があったため、現在もTRPと腱障害に関するテーマで科研費を取得することができ、大学院生とともに研究を継続しています。

この留学の一年間は、一週間すべてを研究に使える環境であり、これは私にとって初めての事でした。何とか研究成果を出そうと、HPP棟の研究室に通い(写真1)、特に最後の4か月は必死だったのを覚えています。相談役としてポスドクと一緒に実験をしていたのですが(いつも相談に乗ってくれるやさしい方で、今も感謝しています)、その方もなかなかに多忙で、毎回すべてを相談する時間も惜しかったので、「あと残りの3か月ちょっとは、実験計画も含めて、私にやらせてもらうことはできないでしょうか」、と、Karin教授に無理を言ったのをよく覚えています。快くOKを出してもらったときはうれしかったのですが、なかなか実験は思うようにはいかず、最後に研究室でPhD学生や教授の前でプレゼンしたときも、内容のまとめ方やらプレゼンの仕方やら解釈やら、不完全で恥ずかしい思いもしました。ですが、その間に私が担当した実験の量が比較的多かったため、最終的に帰国後しばらくしてから論文アクセプトに到達しました。実際はその時一緒に組んでくれていたポスドクにかなりの内容を作っていただいていたのですが、自分の実験結果が業績となり、感無量でした。

 

留学先での思い出

留学先でのイベントには、博士学生や修士学生、ポスドクと一緒に、いくつかのイベントに参加しました。夏は2週に1度はラウンジでの飲み会やバーベキューがありました。ラボでビール醸造をしたり(コーヒールームに、その時作ったビールがおいてあり、そこで夜に飲んだことも)、冬はスキーイベントに参加したりしました(写真2)。

仕事に疲れると、だれともなくコーヒールームに集まってエスプレッソを飲むのですが、その部屋にはサッカーのテーブルゲームがあり、よくこのゲームで博士学生たちとリフレッシュしたものです(写真3)。2人 vs 2人で行うゲームなのですが、博士学生たちにはまったく歯が立ちませんでした。ヨーロッパではメジャーなゲームのようで、ヨーロッパの駅でたまに見かけたりします。冬ごろには、少しはペアの役に立つくらいの腕前にはなっていたかもしれません。なお、そんな彼ら博士学生は、学生とはいえど、お給料をもらって研究しています。卒業論文も3-4つくらい雑誌にアクセプトされた論文が必要なようで、遊んでばかりなわけではなく、大変そうでした。ポスドクも自分の実験・論文作成や博士学生の指導の他、普段から競争的資金の獲得に忙しい様子でしたが、前向きに取り組んでいるのを感じました。論文作成を促すために、retreatというイベントをKarin教授が企画してくださり、エレマンス地方にあるコテージにラボメンバーで引きこもり、論文作成を集中的に行ったこともありました(写真4)。

写真2 スキーイベント PhD学生と

写真3 サッカーテーブルゲーム

写真4 エレマンスでのRetreat 左が筆者 右から2人目がProf. Karin

 

私の留学は妻と、当時1歳9か月の娘についてきてもらいました。小さな娘なので、飛行機での移動が一苦労でしたが、飛行機会社が周囲の席を空席にしてくれたおかげで、少々楽にはなりました。妻も私も大して英語は得意ではなかったのですが、なんとかかんとか手続きなどを乗り越えていました。チューリッヒには日本人会があり、そこで発行している生活情報誌が大変助かりました。あちらではレーベンという、チューリッヒ在住の日本人女性専用の勉強会もあり、そこで妻には友達ができ、そのお友達に誘ってもらって、スイス内の各所にお出かけにも行けました。インターラーケン、ツェルマット(写真5)、マイエンフェルトにハイキングに行ってみたり、チョコレート工場見学やら美術館やら動物園やらローザンヌ地方やら(写真6)。国外にも旅行に行きました。夏休みはギリシャのクレタ島に数泊しましたし、ドイツ、イタリア、フランスにはちょっと遠出の電車旅行、といった感じで行くことができました。

難点ですが、物価が高いことと、食文化の違いです。「武士は食わねど高楊枝」的な思想を感じました。パンと、チーズと、ジャガイモと、ワインがあれば、それでいいんです、のような雰囲気(実際これらはとてもおいしいのですが)。例えば、ラーメン屋さんなんかもあったりするのですが、実際行ってみると、ぬるくてどうしようもなかったり(すすって食べるのがNGなので、しょうがないのですが)、なぜか、ラーメンにパクチーが入っていたりします(日本文化と東南アジア文化がオリエンタルのカテゴリーでひとくくりになっているのですね)。スーパーでもおにぎりやお寿司が売っていますが、ご飯がぼそぼそです。何とかおいしいものを作って食べようとした結果、自分の料理の腕が上がりました。お水が硬水のため、おなかがつねに緩かったので、留学中、9 kgほどやせてしまいました。日本に戻ってからご飯がおいしくて11 kg太りました。

写真5 家族ハイキング ツェルマット

写真6 家族でお出かけ ローザンヌ レマン湖

 

 メリット、デメリット、後輩へのメッセージ

留学してよかったのは、

・業績ができて、今のキャリアにつながった。

・研究について、計画立案、実験、レビューイング、発表、論文作成など、技術が向上した。

・海外暮らしの経験ができた。

・家族の大切さを再認識できた。今もついてきてくれた妻と娘に感謝しています。

・英語は、ほかの人に何かを伝えられるくらいには上達した。

 

逆にデメリットですが、

・金銭面 スイスの物価は高すぎた。

・留学から戻ってすぐは、臨床に不安が大きかった。正直、皮膚縫合で手が震えた。

 

チャンスがあれば、ぜひ家族と行ってみてください!一生の思い出になります。