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札幌徳洲会病院外傷センター(畑下 智)

平成15年(2003年)卒の畑下智と申します。2012年4月から2013年3月までの1年間札幌徳洲会病院外傷センターに国内留学させていただきましたので、報告いたします。10年以上前ですので、記憶を辿りながらの報告となる事をご了承ください。

札幌徳洲会病院外傷センターは、日本で最初の整形外科外傷専門施設として2007年に設立されました。札幌徳洲会病院自体は301床(うち100床が外傷センター専用病床)の2次救急病院であったため、3次特有の高エネルギー外傷、多発外傷に伴う整形外傷は搬送されませんが、四肢骨折を軸に、重症関節内骨折、阻血外傷、軟部組織再建を要する重度四肢外傷、骨盤輪・寛骨臼骨折など難しい整形外傷まで、高い知識・技術を持って専門的に治療されていました。

病院外観(私が留学していた2012年7月に新病院に移転、ヘリポートもある)

 

特筆すべきはそのシステムでした。一つは既存の整形外科と分離されており、整形外傷のみ治療するというシステムが確立されていることです。整形外科は、外来は変性疾患の患者で溢れており、手術も変性疾患の予定手術でいっぱいで、ルーチン業務が多く、急に来る整形外傷症例に適切に対応しづらい環境にあるのが現状です。整形外科と分離することで、外来は整形外傷症例のフォローのみとなり、急に来る整形外傷症例に素早く適切に対応可能となり、整形外傷治療に専念できる理想の治療体制といえます。

もう一つは整形外傷専用手術室がある事です。整形外傷手術は時間的猶予があまり無いため、通常は定時手術で予定をたてることは難しく、現状の手術システムでは、臨時手術扱いで他の科を含めた定時の手術が終わって夕方から手術開始なんて事がよくありました。これでは働き方改革の観点からも逆行しており、勤務環境の悪化を招きます。専用手術室があることで、連日朝から手術が可能となり、17時までには手術が終わります。また、阻血外傷など超緊急症例にも早急な対応が可能となります。ここでは専用手術室が4室あり、2012年度の年間手術件数は2250件(うち緊急・臨時手術1830件)で、専用手術室がこの件数を可能にしていました。

専用手術室(とにかく広く、機械・透視・顕微鏡などの取り回しがしやすい)

 

さらに素晴らしいシステムの一つがカンファランスでした。毎日朝7時から術前・後の症例を検討するのですが、各症例綿密に手術計画を行い、手術症例全てにスライドを作成しプレゼンします。とにかくこのカンファランスが非常に勉強になったのを覚えています。自分の症例は当然大変で勉強になるのですが、それ以上に自分以外の他の先生のプレゼンを聞くことがとても勉強になるのです。それまでAO courseやセミナーなどで基本的な整形外傷治療は勉強してきたつもりでしたが、それでは理解しきれない実際の整形外傷治療・手術の理論立てた考え方・本質をここで学ぶことが出来ました。ここで今までの私の知識・概念が一旦破壊され、理論的に再構築されたと表現すればよいのか、なんて表現すればよいのかわかりませんが、とにかく理論的に外傷治療を考える術を身につけることが出来たことが、今回の留学の最大の財産だったと思っています。そしてこの経験が、現在の私の整形外傷治療を理論的に考える礎になっています。

カンファランスの様子(専属のリハビリスタッフも常に参加、症例を共有)

 

ここで札幌での生活について書かせていただきます。まず冬の気候です。札幌に行く前の勤務が南会津でしたが、それでも札幌の冬は寒く、長く感じました。朝−10度前後の日が多々ありましたが、駐車場が立体屋根付きで、道路の除雪もしっかりしているため、雪や凍結に苦労することはあまりありませんでした。北海道の住宅は断熱がしっかりしているのか何故か暖かいですし、寒いのが嫌いでない自分は全く苦では無かったです。

ただ、冬はやっぱり遠出の外出は出来ませんでした。春から秋までは、北海道にいないと中々行くことが出来ないだろうという場所を求めて、北海道の各所に行ってきました。とにかく北海道は広く、福島県内での日帰りで遊びに行くのと同じような感覚で行くと大変なことになります。例えば、福島市から南会津に行くのと同じ感覚で、北海道最北端の稚内に行こうと思いたったのですが、いざ出発すると300km以上あり、高速は途中までしか無く5時間以上かかり、着いたら夕方4時、滞在時間はたったの2時間、帰宅すると夜中でした。帰宅途中、他県ナンバーだったせいなのか、職務質問されたのもよく覚えています。他にも、富良野・美瑛に行って北海道の壮大さを感じたり、占冠・トマムに雲海を見るために朝早くから何度も訪れたり、帯広で豚丼食べてばんえい競馬を見たり、積丹に行って雲丹を食べて海の積丹ブルーに感動したり、有名な旭川動物園に行ったり、他にも書ききれない程ですが、日帰りで結構色々なところに行きました。世界自然遺産の知床(観光船も乗りました)には、流石に泊まりで行きましたが、もともと都会や人混みがあまり好きでない自分にとっては北海道の自然を中心とした旅行は、最高の体験でした。当時は子供がいなくて妻(+犬1匹)だけだったので、色々動きやすかったのかもしれません。今みたいに子供がいたら、こうはいかなかったのかなと思っています。

稚内 宗谷岬

 

富良野 ラベンダー畑

 

帯広 ばんえい競馬

 

積丹 積丹ブルー

 

知床 知床五湖

 

弟子屈 摩周湖

 

もちろん日常の札幌生活も満喫しました。札幌雪祭りを見に行ったり、札幌ドームで日本シリーズの観戦も出来ました。また、食べるのが好きなので、海鮮、寿司、ジンギスカン、ラーメン、スープカレーなど、多くを食べ歩きました。回転寿司であってもレベルが高く美味しかったのは驚きでした(北海道には3大回転寿司チェーンがあり何処も美味しい)。これらの食は、やっぱり内地(北海道民は本州を内地と呼びます)では通常食べる事が出来ない、と戻ってからずっと感じています。今でも学会などで北海道に行った時は当時のお気に入りの店に行ったりしています。あとは、札幌の人はサウナが好きなのか、いわゆるスーパー銭湯みたいな日帰り温泉施設がとにかく充実していました。自分も札幌生活ですっかりサウナにハマってしまい、特に札幌の冬の屋外で整うのは最高でした。

札幌雪祭り

 

札幌ドーム 日本シリーズ

 

札幌中心部はやっぱり都会で、賑やかでした。札幌徳洲会病院は少し札幌中心部から離れた厚別区にあり、残念ながら有名なすすきので遊ぶ事はせず真面目にしていましたが、時々飲みに行くことはありました。病院近くの地下鉄東西線沿線に住んでいたので、札幌中心部で飲み会がある時よく地下鉄東西線を使ったのですが、福島では酔っ払って電車に乗る経験が少なく、今考えると危うかったです。酒に弱い私は最寄駅を何度も寝過ごして、終点の宮の沢駅と新さっぽろ駅を終電まで往復したのを覚えています。

本題に戻りますが、当時のセンターには15名程の整形外傷医が在籍し、過去最大の人数だったようです。私のような勉強に来ているフェローの先生など私と学年の近い先生が数名いて、当時の日本の整形外傷治療のよくない現状を何とかしたいという思いで一致していました。よく熱く語り合ったのを今でも覚えています。今や有名となり、骨折治療学会やAOでも活躍されていますが、これらの同志の先生たちと出会い、語り合うことが出来たこともこの留学で得られた最高の財産だったと思っています。

札幌から福島に戻った後は、大学で当時まだ整形外傷という専門分野の認識が乏しいなかで、大学に運ばれる重症整形外傷を中心に治療にあたりました。大学で整形外傷治療の専門性・重要性を訴え続け、頑張って来た結果かは分かりませんが、幸運にも2015年会津中央病院に外傷再建センターを設立する事ができました。札幌での経験を元に、システム・治療体制を確立させ、常に高みを目指して年々実績を積み上げて来ました。私自身は、2020年よりセンター長となり現在に至ります。今後は、センターを通じて後進・整形外傷医を育成し、最終的に福島県全体の整形外傷治療の質を向上させ、不幸な患者を減らすことが私の責務ですが、これは振り返ると、私が札幌へ国内留学に行ったことで、会津外傷再建センターの設立につながり、最終的に福島県全体への貢献につながるのかと思います。国内留学は、個々の臨床能力・技術の獲得が目的となりがちですが、今後国内留学をされる先生は、自分だけ良ければ良いのではなく、是非後輩にそこで得た知識・技術を伝承し、福島に還元・貢献していただければと思っています。